少女マンガ名作選作品リスト

担当者:咲花圭良  作成日:1999/9/4

作 品

夢の碑

作 者

木原敏江

コミックス

プチフラワーコミックス(全二十巻・小学館)、小学館文庫(全十三巻)

書   誌

作 品 名

収録巻

初  版

初     出

桜の森の桜の闇

?1984.12.20

プチフラワーS59年5月号

とりかえばや異聞

1・2

?1985.4.20

同上6月号〜10月号

青頭巾 前編・後編

  

同上S60年1、2月号

封印雅歌

  

昭和57年「紅の鬼の森」

ベルンシュタイン

?1985.9.20

プチフラワーS60年5月号

煌のロンド

  

ぶーけセレクションS58年第1号

水面の月の皇子

?1986.2.20

プチフラワーS60年6月号

読み人知らず

  

同上9月号

風恋記

4〜8

?1986.8.20

?1987.1.20

?1987.8.20

?1988.1.20

同上S60年11月号〜S62年12月号

9〜12

?1989.3.20

?1989.12.20

?1990.6.20

?1991.1.20

プチフラワーS63年9月号〜平成3年1月号

夢占舟

  

昭和61年イラスト集「夢占舟」

影に愛された男

13

?1992.11.20

プチフラワー平成4年5、7月号

昼の月 夜の谺

13

  

ミステリールージュ平成3年12月号

雪紅皇子

14

?1993.7.20

プチフラワー平成4.9月号〜平成5年5月号

水琴窟

15

?1994.5.20

同上平成5年11月号

上ゲ哥

15

  

同上平成6年1、3月号

君を待つ九十九夜

15

  

同上平成5年7月号

渕となりぬ

16〜20

?1995.1.20

?1995.12.20

?1996.7.20

?1997.5.20

同上平成6年〜平成9年

月光城

20

?1998.3.20

同上平成10年1月号

幻想遊戯

20

  

平成3年 「画集 幻想遊戯」

コメント

 「夢の碑」とは、作品群の総称である。
 さて、作品をジャンル分類しよう、と見てみると、異界のことを扱ったものなのか、と、一瞬思いつくのであるが、異界、あるいは、異形のものの話ばかりではない、ということは、読んでいてすぐにわかる。「ベルンシュタイン」あるいは、「鵺」は、解釈こそ「不思議」や、運命、転生について触れているが、そんな話題がなくても一向構わないほど、物語としても洗練されている。
 時代は、平安時代から、現代までと広く、また、舞台も日本に限らず西洋にまで及んでいる。しかし読んでいて驚かされるのは、木原の知識の広さであり、例えば「おに」に関した事例だけでも、あ、折口信夫だ、あ、柳田國男だ、あ、馬場あき子だ、と、指摘できる点が多くある。そうしたものを、深く調べ、それをただ右から左に移して作品の中でのべつまくなしに解説するのではなく、自分なりに解釈をほどこして、木原作品としてストーリーを完成させていること、感服以外のなにものでもない。
 さらに、面白いことに、作品によっては歴史をになってきた人物たちが、なんの気負いもなく登場している。「とりかえばや異聞」の織田、毛利、「青頭巾」の平家、また「風恋記」の後醍醐天皇や、実朝、「雪紅皇子」の映宮(はるのみや)などは、ダイレクトに過ぎるほどである。それは、その時代、舞台に、実際にはいなかったはず、なかったはずのエピソードであるが、何ら無理なく作品展開の中で活かされている。
 また、「とりかえばや物語」を踏まえた、「とりかえばや異聞」、戯曲「サロメ」を踏まえた、「ベルンシュタイン」、雨月物語から「青頭巾」、百夜通いあるいは謡曲「通小町」に材を得た、「君を待つ九十九夜」など、伝説、フィクションの先行作品を、方法として作品の中に引用している点、理知的にも楽しめる。
 しかしなんと言っても、「夢の碑」と題されている通り、木原独特のロマンティシズム、さらに、ロマンティシズムというに残酷なほど複雑に描かれた人の心は、作品を味わう上での、これ以上はないというほどの味付けで、時にあまりに現実的すぎて、読む側がドキリとさせられることさえある。

 さて、果たして、「夢」とはなんであるか。
 我々の生きる現実、生きてきた現実も、目をつぶってしまえば、まぼろしなのかもしれない。死んでしまえば、それもまた、まぼろしなのかもしれない。(C)少女マンガ名作選
 たくさんのまぼろしが交錯する現実の中で、どれが本物なのか、それを語ることほど、実は不粋極まりないことは、ないのかもしれない。
 あったことの中に、ありうべからざることを刻む――夢か、幻か、それとも現実か――真実は、どこに――
 夢を、まぼろしを、また一つ、また一つと心に刻んで、まだ見ぬ世界の極上の夢に、酔うのは素敵かもしれない。

 「摩利と新吾」という代表作がありながら、しかし既にこの十二年の歳月をかけて描かれた作品を踏まえないでは、木原と言うマンガ家さえ語れなくなってきたのが実際である。個人的には、こちらを代表作とした方がよいのではとさえ思うほど、豊かなベテラン作家としての人間洞察、それを表現するに足る、知識、技術が備えられた作品ではないかと思うのだ。

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とりかえばや異聞

(担当者:咲花圭良  作成日:1999/9/4)

登場人物

佐伯紫子(さえきゆかりこ)、風吹、佐伯碧生(紫子双子の兄)、天野外記、たず(碧生うば)、三太夫(佐伯家家老)、定嗣、舞鶴姫(毛利家姫)、笹島

あらすじ

 時は戦国時代であった。京の町で、風吹は遊女家で紫子という女に出会う。最初であった時は、剣がたち、試合だこがある上に肩幅広く、背も高く、声も低いので、てっきり男だと思っていたのであるが、女であった。
 紫子は、風吹に他に客を取らぬから、恋人になってくれ、と頼み、風吹は承諾するのだが、その後風吹に安芸での暗殺の仕事が舞い込み、別れねばならぬことになった。しかし、紫子を訪ねても、紫子は行方不明になっていた。本来は遊女などする身分でも境遇でもなく、行方も迎えが来たっきり、どこへ行ったのかわからない。
 仕方なく風吹は安芸の国に旅立つのであるが、彼の役目は能美右京助という、行方知れずの人物に化けて、折をみて領主佐伯碧生を殺すこと。
 ところが着く早々、右京は風流人であったと、その風流ぶりをためされる。刺客と疑われたのだ。風吹は己の持つ不思議な力で難を逃れた。そして、その安芸の国佐伯領の浜を歩いていると、馬に乗った紫子に出会う。風吹は「紫子」と声をかけるのであるが、お付きのものに、領主「佐伯碧生」だと知らされる。
 しかし合点が行かぬ風吹は、「力」を使い、碧生がいる屋敷へと潜入。そこで、碧生は実は紫子の双子の兄であり、紫子は慣習にしたがって養女に出されたが、碧生が体を壊し、体調が戻るまでの身代わりとして佐伯領に呼び戻されたのだということを知らされた。(C)咲花圭良
 隠れて養生するから、治るものもなかなか治らないのだ、という風吹の発案で、やがて毛利から碧生の政略結婚の姫が到着するのにあわせて、紫子をお披露目、入れ替わったまま、碧生は紫子として養生することになる。
 しかし、さあ、碧生が回復して毛利の姫を迎えようというその日、碧生は死んでしまう。戦国の世、隣国毛利や織田と中立を保っていられたのも、天才武将として名が通った碧生がいたからこそだったのに――。
 紫子は、佐伯領を護るため、ある程度時間が稼げるまで、死んだのは紫子だということにして、碧生としてしばらく生きることを決心するのであるが…。

コメント

 宝塚歌劇で「紫子」として舞台化されたので、ご存知の方もあると思う。

 この作品で一番読者が心動かされるのは、紫子が、恋人の風吹に、碧生の身代わりとして、舞鶴姫の初夜の床を命じたところの「嫉妬」だろう。
 まるで見た目は男(麗人であるが)の紫子は、少しも女性らしい様子は見せない。話し方も淡白でぶっきらぼう、ところが、風吹と再会したとたんに気づかれなかった男装の麗人は色香を発し、また、自分で蒔いた種ながら、激しい嫉妬に身悶えする。
 これがもし、性格の女おんなした女なら、とても鼻について印象にも残らなかったかもしれないが、図ったか図らずしてか、木原の設定は上手い。鬼の面を使って、さらに嫉妬は表面に出されず、作品は一見淡白に過ぎていくが、抑えた心の奥の、その気持ちはよくわかる。
 余談であるが、10代であれば、この時の紫子の嫉妬は、表現技巧の一つとして受け取られ、通りすぎてしまうのではないかと思うのであるが、どうだろう。
 どちらにせよ、読者の想像力で感情を補わせる木原の描き方は上手い。
 そして、最後のオチは、ちょっと期待して、やはり、というオチだった。
 それがまた嬉しい。 

 古代の人々は、遠く土地を隔てたところに、自分たちと生活条件の異なった人々がいると信じていて、それは、また、未知の世界であり、夢の世界であり、不思議の世界でもあったのだ。海の向こうに住むのも、山中深く住むのも「鬼」であったが、鬼は不思議な力を持って我々に「わざおぎ」をもたらす、時には、金髪碧眼、白い肌に、角があって不思議な力を持っている――、木原はそうした伝承を踏まえた上で、風吹という、北欧の、ルーンの魔法を使う「異人」の子孫を作り上げた。(C)少女マンガ名作選
 孤独な「異人」は、紫子という奇妙な運命を持つ女と出会い、恋に落ちた。「異類婚姻譯」――いつも異形のものと人の恋はいつも悲恋ばかりだけど、「この女なら」自分を救えるかもしれない、と風吹に思わせる。
 風吹が伴侶に選んだ理由――それはつまり、恋で生まれた嫉妬の「鬼」――それぞれの、名もなき激しい想いだったかもしれない。
 夢――うつつ、想いばかりは心に残る。 

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