咲花圭良少女マンガ名作選特集・吉野朔実作品リスト

担当者:咲花圭良 作成日:2001/04/04

作  品

恋愛的瞬間

コミックス

マーガレットコミックス(集英社・全5巻)

初  版

1 1996/9/30 2 1997/3/2 3 8/30 4 1998/6/30 5 12/22

初  出

「ぶ〜け」平成8年1月号〜平成10年10月号

登場人物:治田羽左吉(はるた・うさきち)、如月遊馬(きさらぎ・あすま)、森依四月(もりえ・しがつ)、六月(四月妹)、かしこ、春近撫子(はるちか・なでしこ)、司、武市他

あらすじ:WW大学文学部一年の治田宇左吉は、恋愛に関してはある夢を持っていた。理想の相手とある日突然であって運命の恋に落ちるというものだった。
 しかしそんな夢は友達のかしこと撫子に簡単に茶化されてしまう。そこへ、宇左吉の目の前に理想の少女が通りかかった。彼女が誰かわからず、かしこが人違いのふりをしてききにいってくれたところ、同じ一年の如月遊馬(きさらぎあすま)だった。それからずっとハルタは遊馬を影ながら見つめ続けるが、一向彼女は気付かない。彼女の行動パターンや好みまで知るのに、彼女に接近できない。挙句の果て、彼女の顔見たさに夜中の女子寮に、のぞきにまで行く始末。
 そこへある日、彼女がある人物と校内で話をしていた。彼女が話していたのは森依四月という恋愛心理学を専門とする心理学者で、MORIE CLINICとして開業し、彼らの学校でも講座を持っている先生だった。
 遊馬の相談は、ここ1ヶ月ほどいつも誰かにつけねらわれているような気がすること。遊馬には昔からそういう気配をよく感じ、自意識過剰による自分の妄想ではないかと悩んでいたというものだった。その悩みから抜け出すアドバイスとして、森依は、お友達を作りなさい、それがあなたを護ることになるから、と言う。(C)咲花圭良お
 一方ハルタは遊馬をデートに誘おうと勝手な予定をたててみるが上手くいかず、結局は彼女の世界の外にいる人間でしかないことを思い知らされる。そしてとうとう、ハルタは森依と遊馬が話しているところに踏み込んで、恋人になってほしいと申し込んだ。
 しかし突然そんなことを言われても、遊馬はハルタのことを知らないから、恋人ではなくお友達ならいいわというが、ハルタは思わずお友達には役不足といってしまい、遊馬を混乱させる。

 その後、ハルタら3人組の中に遊馬が加わり、ハルタと遊馬のなかなか進展しない恋が始まるが、一方で、モリエクリニックにハルタが受け付けのバイトに行くようになってから、森依に相談をよせる様々な患者の姿が一話読みきり形式で描かれて行く。

コメント:他人の中に自分が映る、自分の中に他人が映る――それが恋愛的瞬間だ、と第一話の、心理学者・森依四月のセリフでこのオムニバスな展開の物語は始まる。

 遊馬(あすま)を思わずストーカーしてしまったという以外、極めて普通で健康的な「ハルタ」を視点人物として、女であることにコンプレックスを持っていた、その「遊馬」、好きな彼女の男をいつも寝取ってしまう「かしこ」、傷つかない程度の男とばかり恋愛をする「撫子」など、メインになる登場人物たちのストーリーを進展させながら、心理学者森依の元を訪れる患者たちの話を一話読みきり形式で描いていく。それは、手首を切っては人の関心を得ようとする女、愛されることになれて愛することを忘れてしまったアイドル、役割に応じて数多くの女性と掛け持ちしながらつきあってきた男の話など、要するに、他人を愛せないことで悩み苦しむ人達のストーリーである。
 森依四月という心理学者を中心にして描いていくだけに、心理学的な見地もしっかり踏まえられているし、また、サイコストーリーが流行る前からサイコストーリー的なものを描いてきた人・吉野朔実というだけあって、いかにも心理学をお勉強しました、という説明くささもなければ、心理学の型にはまりすぎたというつまらなさもない。が、ハルタとメイン人物の大筋で話はつながってはいるものの、一話形式で書かれているためか、はたまた後半隔月連載されたためか、それともテーマが先行しすぎているためか、それ以前のストーリー性に魅力があった吉野作品のように、次が楽しみでしょうがない、というほどの魅力には欠けるかもしれない。
 しかし、意外にも、このストーリーは、「少年は荒野をめざす」や「ジュリエットの卵」とは違って、作品構成の中に組み込まれているのでなく、心理学が前面に出て描かれていてわかりやすいため、好きな人は好きな作品であるらしい。
 どの作品を一番と選ぶかは、あなた次第である。

 そして後半、他人を愛するということがわからない、という内容のストーリー群から、他人を愛することは他人の存在を認めること、他人を認めることは自分を認めること、というストーリー群へと展開している。それは「きみの知らないぼくと ぼくの知らないきみは いつも何処かで 繰り返し 出会い続ける それが運命の恋人」という言葉で始まった「ジュリエットの卵」と一脈通じるかもしれない。
 いや、そのテーマは、吉野の中で、延々繰り返されているものの中の一つ、というのが実際なのだ。(C)少女マンガ名作選
 双子というモチーフで、相手に出会うことは、他人の中にうつる自分に出会い続けることだ、ということを描いた彼女が、その出会い続ける瞬間たちを「恋愛的瞬間」と名づけ、昨今の人格障害者などによって起こされる様々な事件やエピソードを加えて、もう少しわかりやすくストーリーを描いた、という感じだろうか。
 一人の作家の中で、同一テーマが繰り返されるということはよくあることである。作家の中にとっては追求し続けたいテーマであるかもしれないし、見せられるほうも、形を変えて描かれるその差異を楽しめてうれしい。

 吉野朔実の作品には、どこかにサイコサスペンス的なにおいがある。それはつまるところの、テーマを描くために選ばれたものでもあるかもしれない。狂気的な世界を描いているようで、でもいつも彼女が説くのは、他人を愛することで生じる自分との相関関係――自身と他人との距離の問題であり、その大切にすべきところの「心理」についてである。
 エゴイスティックな事件が横行する今の時代に、彼女のような作家こそが読まれるべきものであり、そのテーマで述べるところのものをこそ、重く受け止めてほしいものである。

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