少女マンガ名作選作品リスト

担当者:咲花圭良  作成日:1999/10/19

作 品

麒麟館グラフィティー

作 者

吉村明美

コミックス

フラワーコミックス(小学館)・小学館漫画文庫(全八巻)

初 版

 ―――

初 出

プチコミック昭和61年4月号〜平成4年1月号

登場人物:森川妙、宇佐美菊子、宇佐美秀次、火野美棹、志村チカ、梶井、横山、秀次の母、菊子の母、妙の父、容子他

あらすじ:北の町札幌に、60年続く古い下宿屋――それが麒麟館である。その麒麟館の大家のおばあさんが亡くなり、ひ孫で大学5年生の森川妙が跡を継ぐことになった。ところが麒麟館にやってきたその日、雪の中で熱を出して倒れている人妻、菊子を拾うことになる。
 菊子は妙より一つ年下、そしてその夫である人は、妙の大学の先輩で、片思いし続けた宇佐美秀次だったのだ。菊子の話によると、菊子が趣味と実益を兼ねて服飾の仕事をしたいと言ったのを、夫である秀次が反対したために家出したのだという。
 片思いの相手の妻だけあって、妙にはそんなことぐらいで家出する菊子のことが許せない。菊子に家に帰る気がないならと、迎えに来るように先輩の家に直談判に行くのだが、先輩に話をきいてみると、菊子と結婚した理由が、類まれな純情さと、従順さだという。手仕事をはじめて収入を得、妙に自信を持って自分が養われている身だという自覚がなくなってしまう、それで反対したというのだ。
 その先輩の言葉に頭にきた妙は、結局菊子を麒麟館に置くことにする。
 物語はその後、妙、菊子、家賃滞納の常連であり、妙と同じ大学の、201号室梶井、203号室横山、人が良すぎてつけこまれることもある202号室火野、マンガ家を目指す短大生志村チカ――の麒麟館の住人たちや、宇佐美秀次とのからみを主軸に物語が展開されていく。(C)咲花圭良
 菊子と秀次の結婚は、菊子が16の時、隣りに越してきた秀次が、高校を卒業したら嫁に来い、という言葉から強引に結婚へと運ばれたものだったが、秀次が菊子を嫁にした理由というのも、恋情からではなく、扱いやすい妻として育てやすい理想の女だったから、というにすぎない。そんな中で、とうとう反発し、自分をみつけるために家を飛び出した菊子の、成長と、恋を描きながら、また、妙と、秀次との恋をも描いていく。

コメント:とりあえず、まず最初から最後に至るまでの絵の変化に驚かされるのだが、これは吉村明美の出世作であるのだから、その成長過程を見るのだとも思えば、納得もいく。
 連載開始段階で既に登場人物たちの平均年齢が高い。主人公の妙、開始当時22歳であるし、のっけから人妻の家出騒動なのだから、最初からある程度の年齢層をターゲットに書かれたのだろう。
 が、レディースにあるようなドギツサもなく、ネタとしては昼メロなムードを含んでいるが、それのみに終始せず、話の雰囲気にも好感が持てる。

 最初、菊子は自分の価値さえ知らずに生きてきたのに、妙にとって、麒麟館に住人にとって、「なくてはならない人」になり、さらに麒麟館の住人、火野に想われ、恋をし、恋を知らずに結婚をした菊子は、恋を知るようになる。その過程を経て、自分を一人の人間、一人の女として認めなかったった宇佐美秀次は、エゴイズムを認め、菊子を一人の人間として認め、いとおしみ、菊子を解放するまでに至るようになる。
 また、はじめ、外見だけで片思いをしていた妙だったが、やがて宇佐美を憎み、それでも愛し、激しい恋の葛藤にいたるまで変わっていく。
 つまりこれは、「麒麟館」という下宿屋を舞台にした、恋の名の元に成長する人々の姿を描いた作品なのだ。
 しかし、それだけにひとくくりにするには、意外と重く深い作品で、激しい人間同士の確執や女のいやらしさ、すばらしさが、まざまざと描かれていく。
 が、テーマも展開も重いわりには、その重さを感じさせず、逆に前半ストーリーの小気味よさに比較的楽に物語に入っていける。(C)少女マンガ名作選

 中心となる登場人物たちの事情も複雑で、妙の実の父親は幼い頃になくなり、母親が31の時に再婚した相手は学生で、母親がお腹に子供を抱えている時に蒸発してしまう。(後に帰ってきて、絵描きとして放浪するなかを中学時代、妙がついてまわったりする。いずれ麒麟館にいつくようになる。注・麒麟館はこのお父さんの家の持ち物)
 また、菊子は、その母親が一途に想う男に15の時、強姦されて出来た子供で、(男はその後自殺)家が経営する旅館の権利欲しさに借金の支払いを帳消しにするという条件つきで、16の時、身ごもったまま死期間近い老人と結婚した、という曰くつきの出生で、その後母親が再婚したものの、同じ年の連れ子と折り合いが悪く、いづらくなったせいもあって秀次と結婚したのであった。
 ところが、前半展開されるこのようなエピソードは序の口、だましあい、ばかしあい、葛藤、闘い――そして、せつないまでの、友情と、恋――恋情。

 コミックスが絶版にもならぬのに、文庫化されたのも、伊達ではないのだ。フラワーコミックスという、少女コミックスで刊行されてはいるが、少女の観賞領域の作品ではない。とても個性的な登場人物たちは、よくぞここまで集まったという感もなくはないが、何だか広い日本のどこかに、本当にいそうだと思わせる現実感さえある。
 それだけに、怖い。

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