少女マンガ名作選作品リスト

担当者:咲花圭良  作成日:2000/02/04

作 品

愛してナイト

作 者

多田かおる

コミックス

マーガレットコミックス(集英社・全7巻)、集英社文庫全4巻

初 版

1 1982/8/30 2 9/30 3 10/30 4 1983/2/28 5 8/30 6 12/21
7 1984/1/30

初 出

別冊マーガレット昭和56年8月号〜59年1月号

登場人物:三田村八重子、加藤剛、加藤橋蔵、ジュリアーノ、大川里美、藤田五十鈴、東野英二、北大路良太郎、お父ちゃん(八重子父)、剛の母親、芽衣子、ビーハイブ・マネージャー、その他

あらすじ: 大阪で、昼は父の営業するお好み焼き屋の店員、夜は夜間の大学(英文科)に通う八重子、通称やっこは、今日もお好み焼きをふっ飛ばし、最近常連になったお客、女のように美しい大川里美(男)にぶつけてしまった。
 落ち込んだまま大学に行くと、教室には真っ赤と真っ黄に染めたパーマ頭、腕に刺青を入れた学生が居眠りをしていた。男は目覚めると軽薄そうな口をきき、外が暗くなっているのに気がついて、慌てて出ていってしまう。
 そして、店の客が少ない時間帯に、子供たちに誘われて、近所の空き地に野球をしに行ったやっこは、隣町から来たという橋蔵という名前の子供(五歳)と、連れ猫ジュリアーノ(オス)と出会う。
 遊び終わった後、店に帰ると、常連の里美が、先日学校の教室で会った真っ赤と真っ黄と一緒に店に来ていた。二人は昔からの知り合いで、同じ仕事をしているのだという。真っ赤と真っ黄は加藤剛といい、里美がやっこの噂ばかりするので、その顔を見ついでに、お好み焼きを食べに来たのだ。
 役者がそこで揃ったところで、やっこは高校時代の友達で、今も同じ夜学に通う五十鈴に、ライブハウスに、ビーハイブというロックグループの演奏を聞きに行こうと誘われる。五十鈴はそこのボーカルの熱狂的ファンなのだ。強引に約束させられたやっこは、次の日の夜6時、ライブハウスへとでかけようとするのだが、そこへ遊びに来た橋蔵たちと遭遇、仕方なく一緒に待ち合わせ場所まで連れて行く。ところが心斎橋で待ち合わせたものの、五十鈴はライブハウス「ルーズ」への道を覚えていない。すると、なぜか橋蔵が場所を知っていて、ついていくと、「ルーズ」にたどりつく。しかし、ステージで演奏していたのは、やっこがゲイバー勤めと信じて疑わなかったお好み焼き屋の常連、里美と、その友達、剛だった。剛は人気ロックグループ「ビーハイブ」のボーカル、そして里美は、そのグループのキーボード・通称サミーだったのだ。(C)咲花圭良
 しかも剛と橋蔵は兄弟、さらにステージの上から、やっこは告白されてしまう。
 数日後、五十鈴とやっこは再びライブハウスに行く。そこで彼らが一週間ほど地方巡業に行くとわかるのだが、その間一週間、剛の飼い猫ジュリアーノを、ファンの誰かに頼みたいと言う。候補がたくさん上がる中で、剛のバラをキャッチした人が預かる、というのだが、キャッチしたのは五十鈴だった。剛はお礼に五十鈴にキスをするのだが、それにショックを受けたやっこは会場を抜け出してしまう。後を追ってきた里美に、つきあいを始めることを約束し、二人はくっつくかに見えた。が、その後、結局ジュリアーノを預かることになったり、剛とやっこがくっついてほしいと企んだ橋蔵のいたずらや、橋蔵を送って行ってそのまま剛の部屋に寝こけてしまったり、で、剛はやっこに、やっこは剛にひかれていき、やがて剛とやっこ、二人の波乱に満ちた恋愛劇へと突入していく。

コメント: 当時発売されたこのコミックスの書誌情報や広告を見る限り、やはり、これが多田かおるの出世作のようだ。連載開始から、初版刊行まで一年。雑誌連載の中盤を過ぎた頃に刊行開始、さらに三巻まで毎月刊行、また、ほぼ同時に連載途中でアニメ化されたところからして、当時のこの作品の勢いと、人気ぶりがうかがえる。
 当時はさほどすごい作品とも思わなかった。ただ延々ただのラブストーリーで、この人この後作品が続くんだろうか、もしかして一発屋じゃないか、と、余計なお世話なことまで考えてしまったが、その後10年を経て、「いたずらなKISS」をまたテレビドラマ化させてしまい、考えてみれば、このちょっと歪んだ雑な絵の、初長期連載を、これだけ当てた人が、一発屋で終わるはずなどなかったのかもしれない。時半ばにして作者の死、まだまだこれからだったかもしれず、さらに書き進めていれば、大御所の仲間入りなどしていたかもしれないのに、誠にその死がおしまれることである。
 私が教える生徒も残念がっていた。世代を越えて愛される少女漫画家。すごいや。

 しかし、かたやお好み焼き屋を手伝う女の子、将来の夢は英語がしゃべれるようになって外国でお好み焼き屋をひらくというささやかな夢を持つ「やっこ」と、かたやロックグループで女の子にキャーキャー言われてる連中と、どこで結びつけようと考えたのかはよくわからない。結びつけるのはいい。でも、幾らでもおしゃれにできるのに、はっきりいってちっともおしゃれじゃない。大阪弁をしゃべるお好み焼き屋の親父、常連のおっちゃん、夜間の大学生活、かっぽう着、トレンディーのトの字もないレトロな設定の中に、スターダムへと書けあがって行くビーハイブの、しかしやっぱり生活くさい彼らの日常生活を織り交ぜて行く。ありえないようで、ありえないとも思わせない、かえって、実際にもあるんじゃないかという、変な現実感がある。
 そこに果たして何があったか。やはり、結局地に足のついた、女の子たちの等身大の恋愛があった。くらもちの「東京のカサノバ」の時にも書いた。これもまた、純正当の少女マンガなのだ。やがてスターダムへと上って行く、ロックボーカリストとの恋愛という、ちょっとときめくような要素を加えた、しかし、あくまでも、純なラブストーリーなのだ。(C)少女マンガ名作選
 設定も、ドジで純粋な、これといってとりえのない、ちょっと正直な女の子で、考えてみれば、ストーリーパターンも、なかなかくっつかない→くっついた→邪魔が入って別れる→ライバル登場→ハッピーエンドと、典型的なラブストーリーのパターンである。
 典型的で何が悪い。

 当時くそ生意気な中学生だった私は、そういう話をどこか低いもののように思っていた。今押しも押されぬ名作に名を連ねる、「日出る処の天子」だとか「ガラスの仮面」などが正当のものだと信じて疑わなかった時に、こんな単純な作品に、何故かどうしてかひかれてはまった、と当時は思い、どこか、でかい口で言えないようなものを感じていたが、今だから言える。
 いいんだ、面白いから。
 とにかく面白い、これが、多田かおるの才能なのだ。面倒くさい理屈も理論も跳ね飛ばしてしまうように、人をひきつける作品を描く、これがこの人の最大の才能であると思う。そこには、なんとかいう思想もなくて、たぶん自分の中の「女の子」と相談をしながら、作品を作っていったのだろう。いいんだ。女の子みんな一人一人が、この世のイブなのだ。そして男の一人一人が、アダムなのだ。たくさんあるアダムとイブの物語を、一つ一つ切りとって、そして我々を陶酔させてくれる。
 楽しかった、嬉しかった、ありがとう。
 それでいい。

 連載当時、絶対この名前のつけ方はふざけていると思った。
 みんな時代劇スターの名前、おかげで作品を知らない人が見たら、名前だけですごくごっつい感じがすると思う。加藤剛は実在人物じゃないか、ええんかいな。作者自身、真面目なのかいいかげんなのか、派手なのか地味なのか、作品を読んでいてもよくわからない。
 アニメ化された時はどうしても橋蔵と猫のジュリアーノ(この二人はいわゆる「狂言まわし」という役目なのかな? それを感じさせない無邪気さが使いこなせているだけに上手い。)がやたらクローズアップされていたのは仕方ないことかもしれないが、舞台が大阪から東京に移り、どこか固い感触になっていたのは、少し残念だったかもしれない。その当時そろそろ少女マンガがアニメ化されることに批判的な声が上がり始めていたが、これも例にもれず、有名にした利点はあるが、アニメ作品としては成功と言えないような気がする。
 ちなみに15年前、ライブハウスでバンドというと、全く一般的ではなかった。
 バンドブームが来るのは、この作品が終わって二、三年した頃である。それが今の流行ぶり、しかも作中割られるレコードも、今はCDがとってかわっている。走りまわって探す場面が出てくるが、今は携帯電話一発で捕まえられる。
 恋にも時間がかかった。今よりずっと距離があった。それが二人を盛り上げて、話をややこしくする。
 そんな昔と今を比較しながら読むと、話はいっそう楽しい。

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