少女マンガ名作選作品リスト

担当者:飯塚  作成日:2000/3/20

作 品

月光オルゴール

作 者

えみこ山 

コミックス

ウィングスコミックス 

初 版

ウィングスコミックス「月光オルゴール」 1997年2月10日

初 出

不明

登場人物:航、光、月也(航の息子)、百合(月也の幼なじみ)、石森、木下(航、光の同級生)

あらすじ: 高校3年の春。航の女友達の一人が、子供が出来たから認知して養育してくれと言ってきた。あっさりと承諾する航に光は納得が行かなかった。しかし翌年の春、卒業の日、航は光に自分の子供と3人で暮らそうと持ち掛ける。そして卒業後、航は役者になり、光は大学に通いながら航の子供の月也を育てるという、男3人の生活が始まった。
 人気俳優になった航は、ほとんど家には帰ってこなかった。航が外で浮き名を流しても、月也の養育をすべて押し付けられても、光は何も文句を言うことなく自分の仕事をこなし、ただ航の帰りを待ち、彼らの「家庭」を守っていた。航のいない時、光は十八歳の誕生日に航が贈ってくれたオルゴールを聞いて寂しさを紛らわせる。月也はそんな光の姿を見て育って行く。(C)飯塚
 やがて成長した月也は、航と光、光と自分の関係に疑問を持つようになる。その疑問は彼らの生活を乱す程ではなかったが、航の突然の事故死をきっかけに、彼らの家庭は壊れてしまう。

コメント:
 えみこ山と言えば、知る人ぞ知る同人誌界の大御所らしい。初めて商業誌を出した時には、すでに10年以上のサークル活動を続けていたそうだ。支持するファンが多い故だろう。
 彼女の作品は、男性同士の純愛の話が多い。(多いというよりも、ほとんどと言っていいのかも知れない。)しかも、あくまでも平凡な恋愛を思わせる淡々としたストーリーだ。私が初めて読んだ彼女の作品は他のものだったのだが、その時にはピンとくるものがなくて、どこがいいのか全然分からなかった。しかし、この「月光オルゴール」を読んだ時はすごい衝撃で、目が覚めた思いだった。
 月也は成長するにつれ、自分を育ててくれた光が自分にとっての何なのかを考えるようになる。それは光にすら答えられない問いだった。でもそれは、ラストの幼なじみの百合の言葉で一挙に解けてしまう。百合は同級生の女友達を大切に思っていて、一生一緒にいたいと願う。彼女の言葉を借りれば「ケッコンや肉体関係以外で一人の人間を生涯しばりつけておかれへんやん」。
 航も光も裕福な両親を持ちながらも家族の愛情に薄かったので、誰かと愛し愛される幸せに憧れていた。どんなに踏みにじられても好きだから、振り向いてもらえるのなら自分を犠牲にしてもいい、という光。どんな時でも好きだと言われていないと満足できずに何がなんでも独占していたい、という航。この二人にすらも、本来は肉体関係なんて必要なかったんじゃないかと思わせる。二人が二人の関係を確認する便宜上、あっただけなんじゃないか。こんな関係の恋愛は、現実ではなかなか続かないだろう。航の言葉、「誰にも会わせんと外へも出さんと――オルゴールの曲みたいに俺が要る時だけ外に出せたらええのに――」に代表されるような独占欲。しかしそんな未成熟な幼い恋愛感情こそが、この作品の魅力になっていると思う。「未成熟」「幼い」と言う表現は、かなりの誤解を招くかもしれない。これは単に、恋愛の原形、恋愛感情の始まりだと思われるから「未成熟」と言う表現を使ってみただけだ。思いやりや謙虚さを持つ一方、相手に多くを求めたり、何か代償を求めたり、駆け引きや打算をも含んでしまう大人の恋愛に対して、こんな表現を使ったにすぎない。未成熟な故に純粋で身勝手な感情。初めて人を好きになった時の感情は、誰しもそんなものじゃなかったのではないか?そして、そんな感情は必ずしも異性に向けられるものとは限らなかったのではないか?
 少女漫画に男性同士の恋愛が当然のように存在しているが、元来、女性の方が実は恋愛対象がニュートラルなんじゃないかと思う。誕生してから第二次性徴を迎えるまでは、身体上男の子ではないだけであって、自分が女の子であると実感することは多くはないんじゃないか。そんな境遇が、女の子同士の間でもお互いに性を意識しない存在を産んでいるんじゃないだろうか。いつも一緒にいたいとか、自分以外の友人と仲良くしているのを見て悲しくなったとか、一番の仲良しは自分だと言われて嬉しくなったとか、そんな感情を初めて味わった相手は同性の“仲良し”だったんじゃないだろうか。大概の人は成長するにつれて異性に惹かれていくようになるが、恋愛感情の始まりはこれで、きっとそんな風に恋愛の練習をしていたんだと思う。(C)少女マンガ名作選
 ただ、それがなぜ女性同士の恋愛物にならずに男性同士の恋愛物になってしまうのか?それは私には、よく分からない。著名な方々が様々なことを言っているけど、その程度の事はここに来る方達は耳にしているんじゃないかと思う。
 えみこ山の衝撃は、とても現実にありえないように思えるストーリーを当たり前のように描き切ってしまう所にだけあるのではなくて、大概の人が忘れていた感情を揺さぶる所にあるんだと思う。まさにその時期を過ごしている人達にとっては、言葉でうまく説明できない感情を代弁しているのかもしれない。
 彼女の描く世界には確固とした何かがあって、それを突き崩す事は出来ないように感じる。ただひたすらに美しい御伽噺のようなだけでなく、根底に流れる力強さを感じてしまう。 

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