咲花倉庫少女マンガ名作選特集・神坂智子

担当者:咲花圭良  作成日:2001/07/20

作  品

小春びより

コミックス

花とゆめコミックス(全4巻)

初  版

?1983/4/25?1984/1/24?10/25?1985/6/25

初  出

小春びより<其の一>  1982年 花とゆめ12号
かぼちゃびより     1982年 花とゆめ15号
小春びより<其の二>  1983年 花とゆめ22〜24号
同<其の三>      1983年 花とゆめ1、2号
同<其の四>      1983年 花とゆめ13号〜17号
ドイツびより<其の一> 1984年 花とゆめ2、3号
ドイツびより<其の二> 1984年 花とゆめ11号〜16号
お便りびより      1985年 別冊花とゆめ冬の号
お花びより       1983年 花とゆめ二月増刊号

登場人物: 機屋小春(はたやこはる、後矢矧小春)、矢矧環(やはぎたまき)、若杉孝夫、小春の父・母、晴々登先生、比奈子さん(子爵令嬢)、高円寺
 レオンハルト、トゥール・ストリンド・フォン・シュトローゼ伯爵(レオンハルト父)、リザベート・フォンターネ(オペラ歌手)、ヨハン、テオドール・アウグスト先生、ガウラ伯爵他

あらすじ:舞台は明治中ごろ、機屋の小春は親も手を焼くおてんば娘。その小春に、傾きかけた店を何とかしようと、父親が縁談を持ってくるが、もう三度も壊れた。今度の大野屋との縁を是非とも結ぶために、大野屋にも進められ、華族の矢矧家へ行儀見習に行くことになった。
 ところがこの矢矧家、屋敷はやたら広いし、女中は冷たい。おまけに年中本ばかり読んでいる気鬱な若様、環は、いつも機嫌が悪い。それもそのはず、環は父親が女中に手をつけて生ませた子、その母も対面が悪いと身重の時に追い出され、十五の時まで極貧の生活を続け、後継ぎがいないからと呼び戻されたのだった。しかも、環が望んでいたのは、医師になること、しかし、呼び戻した父親が望んでいたのは、家を継ぐことだった。無理に追い出し、都合よく呼び戻して勝手を押しつけたのだから、環さまが気鬱になっても、仕方のないことだったのだ。
 そんな気鬱な若様、環の心も、無邪気な小春に癒され、心開いていく。
 屋敷の中で気の合う二人、やがて小春が若様付きの女中にされ、二人に恋心が芽生えて行った。
 ところが、小春の行儀見習の期日もおわり、祝言の日取りが決まったので、家に呼び戻されることになる。折も折、環と父親の中は決裂し、環は家を出て医師を目指すことを決意、さらに、その夜祝言を迎えようとする小春を追って機屋にかけこんだのだった。
 しかし、小春の家の機屋は火の車だった。小春を嫁にほしいという環は、家と縁を切り医師志望なだけで無一文の男。小春の父親に激しく反対される。
 しかし、母親の進めもあって、かけおちを決行することになる。執筆者・咲花圭良
 環が東京帝大の医学部に編入するのも兼ねて、東京に向かった二人は、宿もなく新橋駅で考えていると、小春に一目ぼれした若杉という一高生に案内され、同じ長屋を下宿先として紹介される。
 さて、宿はみつかったものの、本を買う金も生活資金もろくにない。そこに、環が帝大に編入書類を取りに行った帰り道、気分が悪くなっている娘をみつけ、家まで運んでやった。すると、そこは病院で、金に困っているならうちの事務をやらないかともちかけられたのだが…。

コメント:だいたい少女マンガというものは、恋の成就や結婚がゴールインであることが多い。
 にも関わらず、「小春びより」では、小春と環さまは早々に結婚してしまって、ラブラブなまま二年三年と過ごし、様々な苦境に立ち向かって行く。
 その置かれた苦境の設定もさながら、立ち向かって行く方法とガッツが、いかにも神坂のつくったものらしく、初期神坂キャラで、既にその撃たれ強さが描かれているといえるかもしれない。
 しかしこうした神坂の「市井もの」(注 SFもの等に対して)では、「そんな馬鹿な」な事件が起こり、思わぬ方向に展開していくことが多いが、「小春びより」では、言葉の行き違いによる「そんな馬鹿な」が多いような気がするのは私だけだろうか。言葉の行き違いだけでなく、割とみんな思い込みが激しいし、「はっきり言えばよかったのに」とか、「きけばよかったのに」とかいう、言葉足らずで、事件は展開しているようでもあるのだ。
 どちらにせよ、「明るくドキドキして」よめる神坂テイストのたっぷりきいた作品であるのには、間違いない。

 「小春びより」自体は、おそらく無名の神坂を最初に有名にした作品であろうと思う。この後の動向としては、白泉社だけでなく、発表の場を他に移して、傑作「T.E.ロレンス」(新書館)や「蒼のマハラジャ」(角川書店)などの大作を生み、あるいは、最初の方はまだまだ同人「作画グループ」の影響が強かった「シルクロード・シリーズ」も軌道にのせ、それぞれのファンを獲得していった。
 その「いの一番」的作品が「小春びより」というのは、なんだか当たりさわりのない題材をまずやった、という感じで、樹なつみの「いの一番」が「マルチェロ物語」だったのと同様、出した後の反応をみて、作者は「こりゃいけるぞ」と、マンガ家としての自分の力量を確信していったのではないかと思ってみたりもする。
 後「小春びより」そのものは、白泉社からの刊行は四巻でストップし、しばらく間をおいて、角川書店でその娘たちとのストーリー「春・夏・秋・冬」(全二巻)、「ぽてとびより」「娘びより」と刊行されていった。「ASUKA」創刊初期メンバーに加わっていたわけであるが、神坂の他の大河ドラマを知らない人には、少しふぬけた感じがして印象が薄かったかもしれない。が、大河ドラマ的なものが主流の神坂作品群の中にあってこういうものを読んでみると、なかなか味があってよろしいのだ。

 でも、今の私が読んでいて、一番共感できるのは、環と小春、この二人に「金がない」ということだった。その「金がない」状況をなんとかクリアしていく二人の闘いがまた痛快で、要するに「金がない」から「金を探す」のが事件の原因であり、そこに絡んだ人間が、次の展開を運んで行くのだ。そりゃ、主人公である小春は、ストーリーの大半が「主婦」だけれども、主婦に絡まないところまで「金」がキーワードになって動いているし、考えてみれば、小春が環と出会ったのも、店の資金を得たいがために、おてんばな娘の結婚話をまとめようと父親が矢矧家に行儀見習に行かせたのがきっかけだったのだ。(C)少女マンガ名作選
 「金がない」をキーワードに「小春びより」を神坂が作っていったのかどうかは、私は知らない。でも、後の「蒼のマハラジャ」を読む限りは、意外と神坂はこういう方面に得意なのではないかと思ってもみる。
 どちらにせよ、この「金がない」というネタが、かなり身近に感じられて、アクションものにはないスリルというかドキドキ感を生んでいるのも確かかもしれない。

 しかし、環さまって、今見てみると、ハンサムだし、背は高いし、頭はいいし、頑張り屋だし、小春を一途に愛して、しかも妻がその支度ができないと明治という時代なのに「夕飯まで作ってくれる」(←これが大きい!!)。優しい。
 いい男だよなあ、考えてみればこんな男いないよなあ、と読み返していて、今ごろ気付いた。

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